春の風が冷たいということ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

気がつくと3月の下旬に入りました。
なんだか早いものです。

春は三寒四温といいますように
天候がころころ変わります。

今日も風が冷たかった。

渋谷のマークシティの裏通り辺りは昔ながらの渋谷がまだ感じられます。
246に斜めに抜ける通り沿いに渋谷古書センターという本屋ビルがあり、二階にFlying Booksというセレクトがユニークな古書店があります。そこで数冊面白そうな本をみつけました。

『魂にメスはいらない』著・河合隼雄+谷川俊太郎
『人生ドラマの自己分析』著・杉田峰康
『カウンセラーの<こころ>』著・佐治守夫

河合先生のこの本は文庫で持っているのですが、単行本は扉絵の曼荼羅が奇麗だったのでつい購入。
他の2冊は立ち読みするにはもったいない内容だったのでので購入。

1979 1974 1996 。

今回手に入れたそれぞれの本が出版された年号です。

書かれている内容は、今の時代でもそのまま生かせるどころか
当時より、余程必要とされるものばかり。

著者の方々の慧眼には改めて驚かされます。

渋谷の街を少し歩きました。

薄曇りのような空。

冷たい風。

道玄坂を上りながら昼飯難民になり

何を食べるか決められないまま、路地をうろうろしていました。

この辺りは10代の頃から歩き慣れたエリアなのに時々知らない街を歩いているような錯覚があります。

記憶と実際が違うからですが、それでも時おり知った店が見つかります。

そうだ、ムルギーカリーにしようと思い、店に向かいますと

以前と変わらない佇まいです。

重い扉の奥は多くの若い人で賑わっていました。

もう僕の知っている店のおじいさんもおばあさんもいません。

代わりに女性がふたりできびきびと切り盛りしていました。

賑わった店内を見ているとタイムスリップしたみたいです。

今は1979年だろうか・・。いや、もっと前の時代か。

カレーで暖まった身体に春の冷たい風は気持ちよかったのです。

コートのボタンを外して歩いてみました。

自己の内面を語るということは

まるで春の冷たい風のようなものだ、とたまに思います。

相反するというのでしょうか。

3月は寒い日が多いです。

閉ざした心や葛藤を抱えている内面は、春の日差しと裏腹です。

ゆっくり春を待ちましょう。

ゆっくりやりましょう。

そうお伝えしたくなる春の風でした。

春の旅人

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

ここ数日、晴れているのに空気は冷たく、真冬のそれほどではないものの
まだまだコートは脱げません。

先日、アメリカのバークレー在住の素敵な大先輩とお会いする機会がありました。

彼女は40年ほど前に吉祥寺にあったカウンターカルチャーを発信していた伝説のTというお店を畳みアメリカに渡ったそうです。そのころのお話も大変刺激的でした。しかし、アメリカに渡ってからの交流関係がまたすごくて、A.ギンズバーグやG.スナイダーや・・もう伝説クラスの詩人たちとの交遊や暮らしぶりをお伺いできました。

時代、でしょうか。

新宿の靖国通り沿いにあるNEW DUGで珈琲を飲みながら、初めてお会いしたにもかかわらず色んなことをお話ししました。

彼女のアメリカでの活動のひとつに<物事をオープンにダイアローグにする・・>というものがあるそうです。
通常のエンカウンター・グループのように抱えている問題が共通するメンバーが自己の体験や抱えている問題を話し合う、というものとは少し違うようです。

そこで語られることは何でもいいそうで、何か心に抱えていることを自由に話し合える場を設定しているそうです。相手の意見を否定したり、ディベートしたり、巻き込もうとするのではなく、安全な環境で自分の意見を述べ、グループで話し合うそうです。

なるほど。

それは楽しそうです。

漠然としていることでも、言葉にすることはとてもいいですよね。

考えるきっかけにもなります。

<私の問題>は<誰かの問題>かもしれません。

<誰かの問題>は<私の問題>かもしれません。

彼女が言っていたことで印象的だったのは『昔のひとは難しい問題を難しくいうのが好きだった』というひとこと。

思わず微笑んでしまいました。

いくつかの本を読んでみないかと言うのではなく、さりげなく話題にしてくださいました。
今は便利です。その場で検索してiPhoneで買えてしまいます。
忘れないうちに何冊もクリックしました。

その中でもユニークだったのは鳩椋十さんの『山窩調』という小説です。

その本はなかなか探すのが難しかったので家に戻って検索し『山窩調』の中の短編が収められているアンソロジーをまず手に入れたのですが、かつて山間に暮らす民のことを綴った短編集には今の我々が遠くに忘れてきた物語がいくつも読むことができます。

さて、その方と今度いつお目にかかれるか、それはわかりません。

それでも、今回の出会いはいくつものヒントを頂くことができたし
いずれ僕がバークレーに訪ねていってもいいのだしな、と新宿駅で別れた彼女の小さな後ろ姿を時おり思い出しています。