自己の内面についてたまに考える事、または映画『JOKER』

こんにちは。心理相談室LAUNDRYの村本です。

気がつけば2019もあと一日です。
全く一年が過ぎるのは早いものです。

今年の冬は一段と寒い気がしますが気のせいでしょうか。

お風呂にお酒をコップ一杯ほど入れると身体がとても温まります。
お酒を飲まない僕でも大丈夫です。

今年見た映画の中で一番印象深かったのは「JOKER」です。
ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

冒頭、主人公は低所得者向けのカウンセリングを受けているところから物語は始まります。
そして、病院で再びカウンセリングを受けているところで映画は終わります。

ホアキン・フェニックスの演技は神がかっていて全編通して目が離せません。
これほどまでに心を鷲掴みにされた演技を見るのはいつ以来か・・・。

主人公の話す内面は、実はすべて妄想ではないか・・との推測も各誌で出ていますが、答えがひとつではなく
見る人に委ねられているのは名画の証です。

映画内のカウンセラーはホアキン扮するアーサーの話を聴いているようで、あまり聴いていないことが伝わってきます。

聴いていない事は伝わる、と思わず身を固くしました。

人は自己の内面を語るとき、分かっている事を話すだけでなく
分かっていない事をも話します。

話しているうちに気づく事もありますし、後々気づく事もあります。

考えている事をノートに(PCにスマホに)メモする事も整理するのに役立ちます。
頭に思うだけでなく声にしたり文章にするのは大切です。

僕もいまこうして書きながら考えています。
書いていて別の事に考えが向かうこともあります。

例えばいま。
僕は『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』という本が読みたくて仕方なくなっています。
ベッドに入る時また読みながら寝ようか、それともAmazonプライムで映画を見ようかと。

今年最後に見る映画は何がいいでしょう。新作か馴染みの旧作か。

『JOKER』・・一年くらい経ったらまた是非見たい映画です。

ピカレスク・ロマンというヒーローものにはないカタルシスは、人の内面に深く関わっていくテーマです。

とにかく、一年が終わります。
明日でいいことも悪いこともリセットです。

そして2020が、始まります。
元旦という節目があるのは、この国のいいところでもあります。

みなさま、よいお年をお迎え下さい。

約束を破る人って本当に腹立たしいけれど

こんにちは。
心理相談室 LAUNDLY カウンセラーの村本大志です。

ところで、身の回りに約束を破る人っていらっしゃいますか?
それを味わうとすごくがっかりしますよね。僕はごくたまに出会います。

ずいぶん前に約束して、それを前提にして物事を進めていて、いざその事が近くなると果たせない事がわかってくる。

文句を言うと、あの手この手の言い訳を始める。一応謝る素振りはするのですが、あとでこっそり自分のせいではないことを耳打ちしてきます。

まったくやれやれです。

もちろん、僕も腹を立てます。

やがて対処法を考えて、それを何とかしようとします。何とかしないと物事が立ち行かなくなるし、仕方ないからそうするだけなのですが、そうすればするほど腹が立つ。

問題は約束を破った人にあるわけで、自分にあるわけじゃないからです。

約束を破る側にも何らかの理由があるのでしょうけれど、ここでは約束を破られた方の気持ちの整理の仕方を探ります。

「 腹は立って当然だし、相手を糾弾して謝罪させたい 」

これはもう約束を破られた方の権利みたいなものです。しかし、実際そうしてみたところで問題は何も解決しません。

残念な事に。

もちろん、ポーズとして怒ること文句を言うことが必要な場合も必要な立場もあります。
特に他の皆に成り代わって言わなきゃならないなんて時は多々あります。
それはそれとして儀式みたいなものですから、なさってもいいと思います。

「 問題をどうしたらよいかと自分の気持ちをどう整理したらよいかに気持ちを配る 」

やはり、これがベターです。約束を破られたからといって、それで物事や関係性が終わるならいいのですが、そうでないなら、どうしたって解決策を見つけなければならないし、その時に一番邪魔なのが、自分の中の腹が立った気持ちなのです。

その時々の様々なトラブルにはそれぞれ専門的な解決策があることと思います。
ですので、どんな方にも共通した腹が立った気持ちをどうコントロールするかについて考えたいと思います。

一番大切なのは、相手を責めないことです。

相手がまともな人なら、あなたが文句を言う前に反省しているからです。もう二度と同じ轍は踏まない可能性が高い人だからです。

そういう人には、メールなり対面した時に、糾弾ではなく、約束が破られて自分がどんな気持ちになったのか、だけ伝えましょう。

後で必ず効いてくるメッセージの伝え方です。
あなたが怒っていることや残念に思っていることはちゃんと伝わります。

相手がまともでない、あるいは鈍い人なら、それは言ったところで効果も限定的で、というよりあまり効果もなく、またどこかでその人は繰り返すのです。

我々は約束を破られたことに怒っているし、相手は約束を破ってしまった理由や言い訳を探しています。

ですので、大変難しいことではありますが、諦めて善処するしかないのです。

その事であなたは時間も無駄にするし、手間もかかる。苦労もするはずです。

そして、そのお陰でいつしかあなた自身は約束を破らない人になっていくのです。

逆説的ですが、約束を破らない人って他人に思われる事は、何事にも変えられないです。

約束を破られた事があればあるほど、自分はそうならない人に進化していける。

そう思ってみてはいかがでしょう。

まぁ、そうでも思わないとやってられないんだな・・とでも苦笑いして頂ければ幸いです。

でも、『 約束を破らない人 』になるって
とても素敵な人になるってことと同義語だと思うんです。

グッド・ウイル・ハンティング

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

もうすぐ春が来る・・のでしょうか。

今日は暖かく過ごしやすいですね。

映画『グッド・ウイル・ハンティング』は、 春 を感じる作品です。
観たことがある方もとても多いと思います。

この映画の製作当時から考えると、次作のバットマンをベン・アフレックが演るというのもなんかすごいキャスティングですが90年代から活躍しているのでアメリカ人にとっては自然なのかもしれないですね。

その若きベン・アフレックとマット・デイモンの幼馴染二人で脚本を書いたものが、この作品『 グッド・ウイル・ハンティング 』です。

ベン・アフレックも主人公の地元の不良友だちとして味のある役で出演しています。

幼少期の激しいトラウマから心を閉ざしている不良めいた数学の天才少年が(設定年齢21歳)妻を失くした失意の中年心理学者と心を通わせ、新しい人生の一歩を踏み出す・・。
と書いてしまうとシンプルですが、この映画も語り尽くせない魅力がいくつもあります。

中でもロビン・ウイリアムスの奥深い演技にはやはり心を奪われます。

目がいいんですよね。

思慮深く

悲しみをたたえ

慈悲深い

そんな瞳です。

若きマット・デイモンの真っすぐな芝居を横綱相撲でがっちり受け止めているんです。

あんな風に受けられたら若い役者は嬉しいだろうなぁ・・(しかも今回は自分で書いた脚本ですから)

演技とは、かくも人間力が反映されてしまうとすると、実に奥深いものです。

ガス・ウ”ァン・サントは音楽の使い方がとてもうまい監督です。

ある意味、この作品は正当派な映画なのですが、映画音楽がインディーズ映画的な匂いを醸し出すものですからハリウッド・メジャー的な感じがあまりしない。

どこかサブカルチャーな雰囲気を残してくれていて嬉しい。

キャストのバランス感も見事です。

ヒロインのミニー・ドライウ”ァーも2000年代のハリウッド映画のヒロインとはひと味違うクセのある顔立ちです。
彼女の演技も愛する男の心をなんとか開こうとするところなんか、とてもぐっとくるものがあります。

カウンセリング・シーンは、リアリティより物語を進行させることを選んだのでしょうが、ロビン・ウイリアムス演じる心理学者は、頑なに<人生の選択をするのは本人であり、私は彼が話すのを待つだけだ・・>との姿勢を崩さないあたりは本道から外していませんし、それがそのままこの映画の主旋律でもあります。

アメリカ映画の中に心理学者やカウンセラーが登場すると、ほぼ彼らも問題を抱えていたり影を引きずっていることが多いです。その辺りは映画的な仕掛けの意味合いもあるでしょうけど、彼らが決して聖人ではなく市井の人々であることを示唆しています。

映画『グッド・ウイル・ハンティング』のもつ魅力的なシーンはいくつもありますが、やはり主人公と心理学者の心が本当に触れあう瞬間の素晴らしさに他ならないでしょう。
そのシーンでの二人の斜に構えない演技は、まっすぐに人の心を打つものがあります。

< 演ずる技術 >が同時に備わったこの映画のピークです。

多分、90年代の終わりのアメリカ映画って、こういうものがこういう風に描かれる最後かも知れません。
2000年代に入ると、もっと設定が複雑でダークで、デジタルを絡めた物語が多くなっていきます。

携帯も登場せず(雨の中、公衆電話彼女に電話する!)Macらしきものはありますが、あくまで背景の小道具の範囲内で、使用すらされないのです。
あくまで登場人物たちはアナログに関わり合い、不器用にもがきます。

デジタルの普及は我々の生活を便利にしてくれました。
映画もはるかにデジタル技術力があがり表現の幅も広がりました。

それでも、心を本当に打つものは生身の俳優が(人間が)
登場人物になりきった瞬間なのだとこの映画を見直してみて改めて思った次第です。
カメラワークはあくまでシンプルで、ナチュラル。物語を進行するためだけに尽力を捧げています。
とても美しい撮影です。

ちなみに、この映画の原題は『GOOD WILL HUNTING』で邦題と同じです。
主人公の名前も WILL HUNTING というのですが、直訳したり意訳してみたりすると
なかなか含蓄がありますよね。

英語って、こういう韻を踏むと詩的です。

ジミーとジョルジュ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

二月下旬になってますます寒い日が続きますね。
休日には暖かい部屋でDVDなどゆっくり見るのもいいかと思います。

欧米の文学や映画には心理学やカウンセリングを扱った作品が多くあります。
それだけ身近な存在なのかもしれません。
 
そんな作品の中から僕が感じ入ることがあって、こういう内容に興味がある方に見てもらいたいな・・と思う作品について時々書いていこうと思います。

映画や演劇などのワンシーンや小説の中のひと言のセリフが、数多くの言葉を重ねるより自分が抱えていることを洗い流してくれることは多々ありますし、またそのことについて考えることや話すことでパズルが解けていくこともあります。

2013年のフランス映画『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』は、英語の作品です。
「キングス&クイーン」のアルノー・デプレシャン監督がベニチオ・デル・トロとマチュー・アマルリックという名優を迎えて作り上げた心に染みる地味な作品です。

この映画の中でデル・トロは原因不明の障がいを抱える第二次世界大戦の帰還兵のネイティブ・アメリカンをアマルリックはアメリカに住むフランス人分析医をそれぞれ演じます。

1948年が舞台の映画なのですが、アメリカが帰還兵の精神的ケアを専門とする病院を当時から運営(軍が)しているのが驚きです。

そこに入院するもなかなか症状が改善しないので、人類学者でもあるジョルジュがNYから急遽呼ばれて担当医になるのですが、分析医としての実績は乏しいジョルジュが全力を傾けてジミーの治療に当たる日々を描いています。

といっても外科的な治療をするわけでもないですから、映画のほとんどは二人の会話(=カウンセリング)シーンになるわけです。

このあたりが僕が地味な作品という所以です。

映画的なダイナミズムは全て人の心の中にあり、そこだけを丹念に描きます。
ジミーの戦争の傷跡を癒すプロセスが物語であり、戦闘シーンはほぼなく、それでいて戦争映画でもあります。やがて心の傷が戦争だけではないことに二人は辿り着きます。

少しづつ距離が縮まりながら、信頼関係を深めていく二人の淡々とした演技には唸らせるものがあり、ぐいぐい引き込まれていくのです。

信頼関係(ラポール)なしに治療なし、といいますか、そのあたりの丁寧な描き方はさすがなのです。

この作品が見る人に深い癒しをギフトとしてくれるのにはわけがあります。

それは、人は自分の傷を(ひとりでいいから)他者に理解されることを心の奥底で願っている、という真理を丁寧に描き出しているからです。

そして何より患者と治療者という関係性が、あくまで人と人として対等な関係が土台になっているからこそ生まれるお互いの深い共感と理解が二人の演技を通してひしひしと伝わってくるのです。

未見の方もいらっしゃるでしょうから、細かいストーリーは控えますが(控えながら書くって難しいですけど・・)この映画を下支えしているのは、まずA.デプレシャン監督の人間を信頼する眼差しであり、そして第二次大戦帰還兵、ネイティブ・インディアンという出自、在米フランス人の人類学者という異邦人、精神分析、カウンセリング・・という道具仕立てを二人の名優の魂のこもった演技力なのです。

人と人は時間をかけた深い対話を通して、必ず分かり合える。
そのプロセスを描くということが映画的なのだと、そう信じさせてくれる映画でした。

ごあいさつ。

はじめまして。

心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本 大志です。

このたびHPを新設しました。

併せてブログも始めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

LAUNDRYは、あなたの心の中にたまったモヤモヤとした感情を言葉にしながら、少しづつ整理していく場所です。

心を洗濯して、すっきりできるように・・という願いを込めてLAUNDRY(ランドリィー)と名付けました。

ところで、カウンセリング・・って何をするんだろう?

なんか敷居が高い・・と最初は思われるかもしれません。

どんなことをお話されてもいいんですよ、と言われても何を話したいのかわからない・・そう思う方もいらっしゃると思います。

でも、あなたのどこかに「何かを話してみたい」「悩みを相談したい」お気持ちがあるのだから、このブログにも訪れて下さっているのだと思います。

いま話したいことをそのまま。

とりとめなくてもいい。

アトランダムでいい。

頭の中に浮かんだことやお悩みをただ吐き出すだけでいいのです。

もつれた感情や煮詰まった感情、うつうつとしたお気持ちをまず言葉にして吐き出すことからカウンセリングは始まります。

辛いお気持ちをどうぞお聴かせください。

 

どうしても言葉にしてうまく伝えられない方は、絵・粘土・音読・・どんな方法でも構いません。

あなたにとって最良の伝え方を一緒に探していきましょう。

どうか、おひとりで抱え込まないでください。

最初は言葉にするのが、むつかしいかも知れません。

緊張してうまく話せないかもしれません。

でも、それで十分です。

お気持ちは十分伝わってきますから。

ゆっくりお茶を飲みながら一緒にお話して整理していきましょう。

のどに引っかかった小さなトゲがあるから何かを吞み込むのが難しい・・そのトゲを見つけて、そおっと取り除いていくイメージ。

そのトゲがすぐに見つかるときもあるし、なかなか見つからないこともあります。

そもそもトゲが引っかかっている自覚すらがないこともあります。

あなたの心のトゲが見つかって、すーっと抜けますよう、お手伝いさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

2016 2月吉日

LAUNDRY 村本 大志