よいお年をお迎えください

こんばんは。心理相談室LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

日に日に寒さが増してきました。
年末の慌ただしい日々をお過ごしのことと思います。

風邪など引かれていないでしょうか・・。

僕は数日前から風邪で寝込んでいます。

今日から少し起き出しましたが・・。

油断していたわけではないのですが、年末に大きな出来事があり

それに全力を傾けていた反動のせいかも知れません。

訪問してのカウンセリングは、クライアント様の慣れた環境下で行われることもあり

心を開きやすいのが特徴です。

その中で、大きく心が動くこともあるのだなと改めて思います。

プラスにせよマイナスにせよ、心が動くことが肝心です。

冬は動植物の生命力が弱くなるそうです。

ですので心が弱っていると、冬の寒さに負けてしまいそうになるのです。

そのことを自覚的に覚えていると少し気が楽になるかもしれません。

冬のせい・・ばかりにしては冬がかわいそうですが

案外、この寒さの後にはいいことが待っているかも、と

のんびり構えるのがいいのかもしれませんね。

ともかく、寒い日が続くことは間違いないので

暖かくしてお過ごしください。

来年が皆さまにとって、素敵な1年になりますよう

お祈りしています。

良いお年をお迎えください。

時間は何もしなくても過ぎていく

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY 心理カウンセラー 村本大志です。

5月が終わりました。
晴れているのも後少し。
梅雨がもうすぐやってきます。

曇り空や雨模様だと気圧が下がり
なんとなく身体がだるいこと多々あります。
体調にはお気をつけ下さい。

ところで、なにか年頭にやってみようと思われたこと
手をつけたことはありましたでしょうか。

もしまだでしたら、この時期に小さなことから始めてみるのはいかがでしょうか。

やってみようかなと思っていたことに
手を付けずにいる時って
やらない理由や、やれない理由を
自分のなかに探しているようなところがあります。

僕自身もそういうところが多々あり
ついつい手を付けられないでいることがいくつもあります。

でも、そのうちのひとつを始めたことで
面倒くさいことももちろん多々ありながらも、始めたことで得る喜びや出会いの方が
多いのです。

物事には100対ゼロなんてないのだから
何か新しいことを始めたらプラスの面ばかりでなくマイナスの部分だって同時にあります。

そのマイナスの面にばかり捉われると
なかなか始められないし、やはりそこはプラスの面に目を向けるよう意識しないといけない。     そうしないとマイナスの面って引きが強いからそこに引っ張られる。

そんな風に思います。
あくまで体験的にですが。

それで思うのは「何もしなくても時間は過ぎていく」ということ。

だったら、なんかやってみる方が
よくありませんか?

何もだいそれたことでなくてもいいと思うのです。

趣味でも運動でも。

服や本の趣味をいつもと少し変えてみることでも。

続かなかったら、それはそれでいいんじゃないでしょうか。

窓を閉め切った状態より
窓を開けて風を入れてみる・・そんなイメージです。

止まっていた風車(かざぐるま)が少し回り始めるように
ほんの少し、生活の中に日常の中に新しい風、吹かせてください。

風は外から吹いてきます。
窓を少し開けてみるのは、あなた自身です。

自分と違う意見を受け入れられないときに・・

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

九州地方の大地震で被害に遭われた方々に心より御見舞い申し上げます。

毎日報道されるニュースに心を痛めております。

もし、おひとりでいらっしゃる時に、不安に思ったり
周囲には気を遣ってしまい言いづらいことを胸の内に溜めていたり・・等、ございましたら
メールでもお電話でもお手透きのとき、心が求めたタイミングでいつでもご連絡ください。

無料でご相談頂けます。

laundry@downnorth.jp
0363790439

さて・・当たり前ですが、自分の考えを持つことはとても大切なことです。

しかし、それに縛られてしまうと生きにくくなります。

皆さんもそんなことはご承知だと思います。

それでもやはり我々は自分の考え(あるいは価値観)に捉われてしまいます。

人は人。自分は自分。と割り切れないのもまた人情なのです。

ある意味、人情に厚い人ほど、捉われやすいのかもしれません。

急行列車のスピードもありがたいけど
各駅停車にしか見えない風景もある。

先日もそんなことを感じることが私自身ありました。

そのときは、スピード感ないよなぁ・・とイラッと思ったのですが、家に戻ってぼんやりと出来事を反芻してみると、反対の考え方も浮かびました。

その変わらなさがいいのかもしれないなぁ、と。

スピードを求められる時代です。
みんな時代の変化に乗り遅れないように必死です。

でも、ずっとそんなこと続けていたら疲れてしまいます。

もちろんお仕事の最前線では、そういう判断が求められることばかりかもしれません。

それでも、一呼吸いれてみては頂けないでしょうか。

ちょっと別の角度から物事を客観的に眺めてみていただけないでしょうか。

問題の渦中にあれば、そうもいかないこと重々承知しております。

争い事は何も生み出しません。

意見の合わない方と距離を取るのもひとつの手かもしれません。

論破してもその人の考え方は、そう簡単に変わらないのです。

相手の方も同じことを考えているのですから。

いつしかその人の意見を変えることが目的にすり替わってしまうこともよくあります。でもそんなことをしても無意味です。

あなたが、穏やかな気持ちでいられることの方がずっとずっと大切なのです。

ストレスを感じる原因の多くは対人関係です。

ですから、その対処の仕方で我々の気持ちの在り様は大きく変わります。

関わりを断たないでいながら、振り回されない・・時々、口の中でつぶやくくらい大事だと思います。

ストレス、なるべく溜めずに

時々、吐き出してくださいね。

『 人生はあなたにやさしい? 』

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

葉桜です。
花びらの絨毯、花びらが舞う中、自転車で走るのが好きです。

それも明日が最後かなと思うと少々寂しいですね。

『 人生はあなたにやさしい? 』

マイク・リー監督の映画『 家族の庭 』で主人公の女性が職場の同僚に投げかけるさりげないセリフです。

マイク・リー監督の作品はどれも人生のきびしさや生活の苦しさと英国の市井の人々を描くのがとても上手な方で、僕は大好きな監督です。

この『 家族の庭 』では四季とともにある初老の夫婦の元に訪れる少しこじれた人生を送る友人や親戚が訪れ去っていく様子を淡々と描いています。夫は地質層学者、妻の方は病院勤務の心理カウンセラーという設定です。

妻の職場の自意識過剰なバツイチの独身女性(多分40代)、夫の友人の極端に太った独身の中年男、妻を失くした偏屈な兄、30歳の息子にやっとできたやたら陽気なGF・・。

『 人生はあなたにやさしい? 』このセリフは実にさりげなく会話の中で主人公の口から発せられ、登場人物と同じように見ているものをはっとさせられるのです。

この初老の夫婦は実に安定した精神状態の設定です。
そこに集まる人々の人生がほころび、あるいはほころびかけると皆、この夫婦の元に訪れ心情を吐露し、また自分の人生に向き合うのです。

考えてみるとこの映画には若い人が出てきません。
息子カップル以外、あとは中高年ばかりです。

それでも、というより、だからこそ自分の人生に惑い、打ちのめされ、傷つき、安定したふたりの元を訪れるのかもしれません。

この辺り、マイク・リー監督は登場人物との距離感がとてもよく、優しすぎもせず、突き放しもせず、どちらかと言うと見守っているような演出です。

少し痛いけど、しみじみと心に染みるいい映画です。

果たして「人生はあなたにとってやさしいですか?」と誰かに聞かれたら、あなたはどう答えるでしょう。

僕なら・・どうか・・?
今夜、ゆっくり考えてみようと思います。

論理的枠組みにおいて無関心でいること。

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

二日続きの夜の小雨でだいぶ桜が散ってしまいました・・。

カッパドキアを舞台にした『雪の轍』というトルコの映画のワンシーンにこんな下りがあります。

「悪に抗わないとはどういう意味だと思う?解釈を聞かせて。論理的な定義を聞いているのよ。」
妹に、そう聞かれた初老の男はこう答えるのです。

「 論理的枠組みにおいて無関心でいること 」

薄暮から夜へ移ろうとしていた時間に、世田谷駅から梅が丘に向かう一本道を自転車で走っていました。
昼間の温かさが嘘のように急に冷え込み、花冷えというのかな・・などと思っていたとき、前方の歩道に小さな男の子が見えました。
広い歩道の真ん中にぽつんとひとりです。親らしきひともありません。
前を走る数台の自転車は皆通り過ぎていきます。
一瞬、自分にしかこの子は見えていないのじゃないかと思いました。
それくらい周りはその子の存在を無視していたのです。誰も振り返りもしないし止まらない。
自転車が近づくにつれ、その子がちゃんと実在して、泣いているのがわかりました。
僕は余計に自分にしか見えてないとの思いが強くなります。
だって、5歳か6歳かくらいの子どもが暗い夜道でひとりで泣いていたら停まらないまでもすれ違いに少しくらい振り返りませんか。

その子の横で自転車を停めると「どうしたの?」と聞きました。
その子は泣きながら「帰ってくるなと言われた・・」と言いました。
「そうかぁ、それは困ったね。お家は近いの?」
「うん・・」
「ママは?お家までの道はわかる?」
「うん・・」
「じゃぁ、大丈夫?ひとりで帰れる?」
「まだ帰ってくるなって言われた・・」
なんか嫌な予感がしてしまいました。
いくつかのパターンをシュミレーションしながら、間が持たずに「飴、食べる?」と聞きました。
鞄の中にレモンドロップがあったから。
その子は小さく頷きます。
僕が箱から一粒出して取らせてやると、その子は恐る恐る飴を取り出しました。送っていくか・・と思いかけていた時、かなり後ろの方から「そこのひとーっっ!」という子どもの声が聞こえました。少年がすごい勢いで走ってきて「何してるんだ?」と言うのです。
泣いていた子のひとつふたつ年上でしょうか。
「ひとりで泣いていたから、どうしたのって聞いたんだよ」というと、なぜかすごく僕に対して怒っているのです。僕のあげた飴にも怒り、それを食べた(すごい勢いでぎゅっと握りしめた小さな飴を口に隠すようにして食べた)多分、弟にも全力で怒っています。
まるでひとり言の大声のように「知らない人から食べ物をもらうなんて!」と子どもらしい遠慮のない生っぽい言い方で、オーバーに天を仰ぎ、地団駄を踏みます。

僕は少々、その子の言い分に腹が立っていました。
だったら弟の面倒くらいちゃんと見ておけよ、と。

やがて、後ろの方から「すいませーん!」という母親(多分)の声と猛スピードの自転車がやって来るのが見えました。
僕は「大丈夫でーす!」と手を振り返して、じゃあね、とふたりを残して坂道に向かいました。

多分、僕は「虐待」を想像し
兄と母親は「誘拐」を想像し

それぞれ善意ではなく悪意寄りの事態を想像していたのです。

テレビのニュースで繰り返される子ども絡みの嫌なニュースに洗脳されているから。

そして、それが特別なニュースではないと知っているから。

暗くなりかけた街灯の少ない道で子どもがひとりで泣いている時・・それを偶然通りがかって見かけたら、2016らしい大人の振る舞いってなんだろう?そんなことを考えながら坂道を上りました。

多分、僕はあの子に余計なことをしたのでしょう。

間をつなぐのに飴をあげました。
母親にその子のことを怒らないでくださいね、と言わずにその場を去りました。

あの子が、あの後、母親にひどく怒られませんように。
それだけを思いました。

『 ママに、まだ帰ってくるなって言われた・・ 』

夜道で出会った泣いている子どもに、そう言われたら、あなたはどうしますか?

アンガーマネージメントができるならいいけど・・

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

桜が満開です。
今日の小雨で早く散らないと言いなと思っていたら、雨が上がりました。
まだ大丈夫ですね。

アンガーマネージメント、ここ数年よく耳にする言葉です。

みなさんは怒りの感情とどう向き合っていらっしゃるでしょうか。

ここでは他者への怒りと自分への怒りと分けて考えてみたいと思います。

まず他者への怒りですが、これはある意味感じるのは仕方ないことですよね。
相手への怒りの理由はたいてい価値観・価値基準の違いが原因です。
それが全く同化するなんてあり得ませんものね。

目の前で起きている不快な出来事(それが仕事上であれ私生活であれ)に怒りの感情が起きるのは当たり前なのです。
自分と違うからです。

でも、自分と他者は違うのだから仕方ない・・と割り切れることばかりではありませんよね。
僕もそういう局面にたまに出会います。

そういうとき出来事に対して『私の内面』は『怒っている』だけど『私の外面』は『怒っていない』と演ずるといずれ相当なストレスが溜まってきますが、その場は荒れませんし、もしかしたら『怒らないいいひと』という評価が得られるかもしれません。

では怒りを感じた『私の内面』はどこに向かうのでしょう。

蓄積された『怒りの感情』はいずれどこかに霧散するのでしょうか。

人によるのかもしれませんが、すぐにゼロにするのは難しいのではないでしょうか。

かといって、ずっと怒りの感情を引きずっていれば精神衛生上かんばしくありません。

ひとつは時間が解決するのを待つという手がありますよね。
人間は忘れる動物。大抵のことは忘れるし、細かいことは全ては覚えていません。
ただそれには三日の人もいれば、三ヶ月のひともいるだろうし、何年もかかることだってあります。

一年に一回くらいしか怒らないのならそれでもいいかもしれませんけど
そうもいかないひとはどうしたらいいのでしょうか。

そもそも怒られないって相手にとってどうなんでしょうか。

考えていくとキリがありません・・。

逆説的ですが『怒ったふり』を演ずるのはどうでしょう?
このとき大切なのは『怒っている内面』をそのまま出すのではなくて『怒っている自分』を客観的に演ずることです。例えば、彼氏が浮気したとします。当然、あなたは怒りますよね。当たり前です。暴れたいですよね。当たり前です。それを無理して『怒らない』なんて不自然です。しかし、その怒りの感情を感じたピークで『怒る』と損かもしれないのです。ちょっと間を置く、一日でもいい、それから『怒る』のです。その間は『私はあなたの浮気を怒っている』というメッセージが確実に伝わっている時間です。私は直接は怒ってはいません。しかし『怒りの感情』は相手に伝わっています。その間にじっくり冷や汗をかいてもらってから、私は怒っているし、傷ついたとはっきり伝えるのです。相手を非難するのではなく、私はこう感じているということだけを伝えます。

メールなども即返信するのではなく、文章は書いてもいいから、一日保存し、翌日読み返してから送るようにする。これも案外冷静になれます。

なんていうのも、ひとつの方法かもしれません。

アンガーマネージメントの本を読んでいると、「いやそうかもしれないけど、それはなかなかできないって・・苦笑」という文脈に出会います。

怒られて覚える・・というのは古い考え方で、褒めて伸ばす・・というのが主流なのかもしれません。

怒り方を変え、頭ごなしにいかない、対話を持つ、カラッと怒る、後を引かない、など工夫をするのも自分なりのアンガーマネージメントだと思います。

喜怒哀楽とはよく言ったもので、この四つの感情は人間らしいものです。

四つとも無理に押さえ込まないで、うまく付き合いたいですね。

言うは易し。

ですけどね。

春の風が冷たいということ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

気がつくと3月の下旬に入りました。
なんだか早いものです。

春は三寒四温といいますように
天候がころころ変わります。

今日も風が冷たかった。

渋谷のマークシティの裏通り辺りは昔ながらの渋谷がまだ感じられます。
246に斜めに抜ける通り沿いに渋谷古書センターという本屋ビルがあり、二階にFlying Booksというセレクトがユニークな古書店があります。そこで数冊面白そうな本をみつけました。

『魂にメスはいらない』著・河合隼雄+谷川俊太郎
『人生ドラマの自己分析』著・杉田峰康
『カウンセラーの<こころ>』著・佐治守夫

河合先生のこの本は文庫で持っているのですが、単行本は扉絵の曼荼羅が奇麗だったのでつい購入。
他の2冊は立ち読みするにはもったいない内容だったのでので購入。

1979 1974 1996 。

今回手に入れたそれぞれの本が出版された年号です。

書かれている内容は、今の時代でもそのまま生かせるどころか
当時より、余程必要とされるものばかり。

著者の方々の慧眼には改めて驚かされます。

渋谷の街を少し歩きました。

薄曇りのような空。

冷たい風。

道玄坂を上りながら昼飯難民になり

何を食べるか決められないまま、路地をうろうろしていました。

この辺りは10代の頃から歩き慣れたエリアなのに時々知らない街を歩いているような錯覚があります。

記憶と実際が違うからですが、それでも時おり知った店が見つかります。

そうだ、ムルギーカリーにしようと思い、店に向かいますと

以前と変わらない佇まいです。

重い扉の奥は多くの若い人で賑わっていました。

もう僕の知っている店のおじいさんもおばあさんもいません。

代わりに女性がふたりできびきびと切り盛りしていました。

賑わった店内を見ているとタイムスリップしたみたいです。

今は1979年だろうか・・。いや、もっと前の時代か。

カレーで暖まった身体に春の冷たい風は気持ちよかったのです。

コートのボタンを外して歩いてみました。

自己の内面を語るということは

まるで春の冷たい風のようなものだ、とたまに思います。

相反するというのでしょうか。

3月は寒い日が多いです。

閉ざした心や葛藤を抱えている内面は、春の日差しと裏腹です。

ゆっくり春を待ちましょう。

ゆっくりやりましょう。

そうお伝えしたくなる春の風でした。

ごあいさつ。

はじめまして。

心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本 大志です。

このたびHPを新設しました。

併せてブログも始めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

LAUNDRYは、あなたの心の中にたまったモヤモヤとした感情を言葉にしながら、少しづつ整理していく場所です。

心を洗濯して、すっきりできるように・・という願いを込めてLAUNDRY(ランドリィー)と名付けました。

ところで、カウンセリング・・って何をするんだろう?

なんか敷居が高い・・と最初は思われるかもしれません。

どんなことをお話されてもいいんですよ、と言われても何を話したいのかわからない・・そう思う方もいらっしゃると思います。

でも、あなたのどこかに「何かを話してみたい」「悩みを相談したい」お気持ちがあるのだから、このブログにも訪れて下さっているのだと思います。

いま話したいことをそのまま。

とりとめなくてもいい。

アトランダムでいい。

頭の中に浮かんだことやお悩みをただ吐き出すだけでいいのです。

もつれた感情や煮詰まった感情、うつうつとしたお気持ちをまず言葉にして吐き出すことからカウンセリングは始まります。

辛いお気持ちをどうぞお聴かせください。

 

どうしても言葉にしてうまく伝えられない方は、絵・粘土・音読・・どんな方法でも構いません。

あなたにとって最良の伝え方を一緒に探していきましょう。

どうか、おひとりで抱え込まないでください。

最初は言葉にするのが、むつかしいかも知れません。

緊張してうまく話せないかもしれません。

でも、それで十分です。

お気持ちは十分伝わってきますから。

ゆっくりお茶を飲みながら一緒にお話して整理していきましょう。

のどに引っかかった小さなトゲがあるから何かを吞み込むのが難しい・・そのトゲを見つけて、そおっと取り除いていくイメージ。

そのトゲがすぐに見つかるときもあるし、なかなか見つからないこともあります。

そもそもトゲが引っかかっている自覚すらがないこともあります。

あなたの心のトゲが見つかって、すーっと抜けますよう、お手伝いさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

2016 2月吉日

LAUNDRY 村本 大志