道草、もしくは遠回りする。

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

昨夜の雷とヒョウには驚きました。
春の天気は移ろいやすいですね。

今朝は快晴です。

夏目漱石の晩年の小説に『道草』というものがあります。
僕はこの小説がことのほか好きです。
若い頃はよくわからなかったのですが、今となりますと漱石の中で一番好きかもしれません。

漱石がこの小説で何を言いたかったのかは分かりませんが
日々の暮らしのあれこれが主人公の本来の目的(学者として成功すること)の邪魔をしながら物語は進みます。その邪魔なことに不本意ながら対応する様を描いているとも言える小説なのですが・・。

その『道草』的なあれこれこそが人生であり、本来の目的よりどこか真実味があり滑稽で生活に満ちている・・そんなことを漱石は達観していたのかもしれませんね。

肩の力を抜くには、膝の力を抜く。
そうすれば肩の力が抜ける。

片の力を抜けというひとは、見えるところだけ言ってはいけない。

先日、ニュースのインタビューでイチロー選手が語っていました。
ご覧になった方も多いのではないでしょうか。

この方、本当に自分の言葉を持っています。

僕からすれば、イチロー選手は何でも最短距離を選んで実践してきたイメージが強いのですが、彼はこうも言うのです。

遠回りするって大事。

合理的な考えはきらい。

遠回りすることが近道だ。

近道して仮に辿り着いたとしても深みが出ない。

うーん・・意外です。
それでいて核心です。

特に僕は最後のセリフに惹かれました。

『 近道して辿り着いたとしても、深みが出ない 』

何でも効率やスピードが求められる時代だと言われてずいぶん経ちます。

しかし、逆に疲弊していくひとも多くなりました。

無駄なこと。

遠回り。

思考の道草。

それをあえて試してみるのもいいかもしれませんね。

だって春ですから。

私の中のもうひとりの私。

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

今日は春らしい暖かな日差しです。
土曜日の午後をいかがお過ごしでしょうか。

『私の中のもうひとりの私』という邦題はなかなか素敵です。
原題は『Another Woman』。主演はジーナ・ローランズ。1988年、ウッディ・アレンの監督作品です。
主人公は50歳の女性。大学で哲学を教えていて立派な夫(お互いバツイチ)がいます。
本の執筆のために借りたアパートの隣の部屋が精神分析医で、そこでの会話が配管の故障でなぜか空気孔から聞こえてきて・・・。というお話です。

アメリカの監督で精神分析が似合うというか扱い慣れているのはウッディ・アレンだというのは多くの人に賛同いただけそうです。

この時代(1988)は特にそうかもしれませんが、都会(NY)における分析医のある種の流行のような感じは日本にいても肌感で伝わってきました。
例えばロバート・B・パーカーの大人気シリーズ・スペンサーものでも主人公のパートナーは精神分析医だったりします。

この映画の中では主人公は分析を受けるわけではありません。
相談者の話すことを聞いているうちに(意図しない盗み聞き)自己の内面に隠された「もうひとりの私」にいつしか気づいてしまい、自身の生活が実は虚偽に満ちているのではないか、自身の振る舞いは他者にどう映っていたのかを内省するのです。その結果、思わぬ展開になっていくのですが、それは是非DVDをご覧ください。

他者の悩みを通して自己を見つめ直すことは、僕にもよくあります。
相談者の悩みは直接は<私の悩み>ではありません。しかしお聴きしていると、それは<私の悩み>の一部を内包しているものであり<相談者だけの悩み>ではなくなります。

そうして深く共感したり受容したりを繰り返しながら全身でお話をお聴きしています。

私たちは多面的です。
角度を少し変えれば、色々な私たちが存在します。

あなたの抱えている問題を言葉にして語ることで、<あなたの中のもうひとりのあなた>に出会えるかもしれません。

『マイ・インターン』が教えてくれること

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

今日は寒の戻りですね。
やたら寒いです。

そんな日にぴったりの心がほっこりする映画のお話。

アン・ハザウェイとロバート・デ・ニーロの主演する『マイ・インターン』は口当たりのいい映画を装いながら
なかなか含蓄に満ちた映画になっています。同じ題材でマイク・リーが脚本を書いて撮ったら、どんよりする話になりそうな内容ですが
そこは『恋愛適齢期』などを撮ったナンシー・マイヤーズ監督。人生の苦さも描きながらも、ふとした余韻が残る仕上がりは見事です。

この映画に出てくる登場人物は、ほぼ全員なにかしらささやかな問題を抱えています。
それが少しづつデ・ニーロ扮する70歳の新人インターンとの関わりの連鎖でいい方向へ流れが変わっていくのですが・・・。

まぁ、それが微笑ましく見事な脚本とキャストの演技で命が吹き込まれていくのです。
散りばめられた登場人物たちのささやかな苦悩はそのまま私たちの苦悩であり、それが滑稽で愛おしく見えるのは
作り手の人生観が反映されているからなのかもしれません。

つまり、端から見ればささやかな悩みであっても当の本人にしてみると深刻な問題であるという視点です。
ですので、その問題に向き合えば向き合うほど映画はコメディ・ライクになっていくのです。
悲劇的で喜劇的な日々の暮らし、その集積が人生だと『マイ・インターン』が伝えてくれます。

僕の一番好きなシーンは真ん中後半あたりに女社長と70歳のインターン氏が残業中に少し心を割って話すところです。
後々考えるととても深みがある会話になっています。

『タクシードライバー』や『ディア・ハンター』等で1970年代の病めるアメリカの姿を体現していたデ・ニーロが、いまこうして飄々とW主演をこなしている様も隔世の感があり味わい深いです。

口当たりのいい映画なのに
よくよく考えると現代の様々な問題を提示して
そしてこの映画内で私の登場人物たちはこう生きています、とささやかな解決を見せる。
その手腕はまさに2015年的な映画手法なのかもしれません。

週末の夜など、いい時間が過ごせると思います。

春の風が冷たいということ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

気がつくと3月の下旬に入りました。
なんだか早いものです。

春は三寒四温といいますように
天候がころころ変わります。

今日も風が冷たかった。

渋谷のマークシティの裏通り辺りは昔ながらの渋谷がまだ感じられます。
246に斜めに抜ける通り沿いに渋谷古書センターという本屋ビルがあり、二階にFlying Booksというセレクトがユニークな古書店があります。そこで数冊面白そうな本をみつけました。

『魂にメスはいらない』著・河合隼雄+谷川俊太郎
『人生ドラマの自己分析』著・杉田峰康
『カウンセラーの<こころ>』著・佐治守夫

河合先生のこの本は文庫で持っているのですが、単行本は扉絵の曼荼羅が奇麗だったのでつい購入。
他の2冊は立ち読みするにはもったいない内容だったのでので購入。

1979 1974 1996 。

今回手に入れたそれぞれの本が出版された年号です。

書かれている内容は、今の時代でもそのまま生かせるどころか
当時より、余程必要とされるものばかり。

著者の方々の慧眼には改めて驚かされます。

渋谷の街を少し歩きました。

薄曇りのような空。

冷たい風。

道玄坂を上りながら昼飯難民になり

何を食べるか決められないまま、路地をうろうろしていました。

この辺りは10代の頃から歩き慣れたエリアなのに時々知らない街を歩いているような錯覚があります。

記憶と実際が違うからですが、それでも時おり知った店が見つかります。

そうだ、ムルギーカリーにしようと思い、店に向かいますと

以前と変わらない佇まいです。

重い扉の奥は多くの若い人で賑わっていました。

もう僕の知っている店のおじいさんもおばあさんもいません。

代わりに女性がふたりできびきびと切り盛りしていました。

賑わった店内を見ているとタイムスリップしたみたいです。

今は1979年だろうか・・。いや、もっと前の時代か。

カレーで暖まった身体に春の冷たい風は気持ちよかったのです。

コートのボタンを外して歩いてみました。

自己の内面を語るということは

まるで春の冷たい風のようなものだ、とたまに思います。

相反するというのでしょうか。

3月は寒い日が多いです。

閉ざした心や葛藤を抱えている内面は、春の日差しと裏腹です。

ゆっくり春を待ちましょう。

ゆっくりやりましょう。

そうお伝えしたくなる春の風でした。

春の旅人

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

ここ数日、晴れているのに空気は冷たく、真冬のそれほどではないものの
まだまだコートは脱げません。

先日、アメリカのバークレー在住の素敵な大先輩とお会いする機会がありました。

彼女は40年ほど前に吉祥寺にあったカウンターカルチャーを発信していた伝説のTというお店を畳みアメリカに渡ったそうです。そのころのお話も大変刺激的でした。しかし、アメリカに渡ってからの交流関係がまたすごくて、A.ギンズバーグやG.スナイダーや・・もう伝説クラスの詩人たちとの交遊や暮らしぶりをお伺いできました。

時代、でしょうか。

新宿の靖国通り沿いにあるNEW DUGで珈琲を飲みながら、初めてお会いしたにもかかわらず色んなことをお話ししました。

彼女のアメリカでの活動のひとつに<物事をオープンにダイアローグにする・・>というものがあるそうです。
通常のエンカウンター・グループのように抱えている問題が共通するメンバーが自己の体験や抱えている問題を話し合う、というものとは少し違うようです。

そこで語られることは何でもいいそうで、何か心に抱えていることを自由に話し合える場を設定しているそうです。相手の意見を否定したり、ディベートしたり、巻き込もうとするのではなく、安全な環境で自分の意見を述べ、グループで話し合うそうです。

なるほど。

それは楽しそうです。

漠然としていることでも、言葉にすることはとてもいいですよね。

考えるきっかけにもなります。

<私の問題>は<誰かの問題>かもしれません。

<誰かの問題>は<私の問題>かもしれません。

彼女が言っていたことで印象的だったのは『昔のひとは難しい問題を難しくいうのが好きだった』というひとこと。

思わず微笑んでしまいました。

いくつかの本を読んでみないかと言うのではなく、さりげなく話題にしてくださいました。
今は便利です。その場で検索してiPhoneで買えてしまいます。
忘れないうちに何冊もクリックしました。

その中でもユニークだったのは鳩椋十さんの『山窩調』という小説です。

その本はなかなか探すのが難しかったので家に戻って検索し『山窩調』の中の短編が収められているアンソロジーをまず手に入れたのですが、かつて山間に暮らす民のことを綴った短編集には今の我々が遠くに忘れてきた物語がいくつも読むことができます。

さて、その方と今度いつお目にかかれるか、それはわかりません。

それでも、今回の出会いはいくつものヒントを頂くことができたし
いずれ僕がバークレーに訪ねていってもいいのだしな、と新宿駅で別れた彼女の小さな後ろ姿を時おり思い出しています。

トラウマあるいは強烈な記憶は20年経っても昨日のことのように蘇る・・

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

3月に入ってようやく暖かくなったと思っていたら、昨日今日とすっかり寒くなりました。

今日は3.11です。
東日本大震災で被害に遭われた方々に追悼の意を捧げるとともに、被災地で不自由な生活をされている多くの方々に想いを馳せたいと思います。

先日、山手線の某駅の改札口を出たあたりで、知人にばったり会いました。
その昔、とあるハードな仕事(広告)を共に作ったひとです。

立場も会社も違っていたのですが、同じ激しい渦に巻き込まれていました。
せっかくなので珈琲を飲もうということになり近くのカフェへ。

当時のことにまつわる思い出話をしていたのですが20年も前なのにまるで、少し前の出来事のように思いました。

あれから20年も経っているのに・・。

それって、実に不思議な感覚だし、記憶というのは多々自分の都合で塗り替えられているのだなと思うこともありました。

ひとの記憶というのは、その体験が強烈であればあるほど
何かしらが脳内のどこかに刻まれ
何かきっかけがあれば
ふとした拍子に蘇るのだなぁと帰りの電車の中で考えていました。

そのひとと話している間、時おり目頭が熱くすらなっていたのです。
それくらい、自分にとってその記憶は鮮明で辛くきついものだったのです。

忘れたつもりでも
ほんとうは忘れていないこと
結構あります。

今日はとても寒いようです。
暖かくしてお過ごしください。

目標設定は低く設定する ?

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

近所の公園の梅祭りが終盤を迎えています。

休日は人出も多いのですが、普段はもうのんびりしたものです。

2016も2ヶ月が過ぎ、3月になりました。今年はどんな年にしよう・・なんて目標もそろそろひとつくらいは達成したいですね。

サッポロビール・黒ラベルのシリーズCM「大人エレベーター」の広島・黒田博樹投手のver.はいくつも含蓄あるトークが描かれていますが、その中にとても好きなタイプがあります。

Q. 目標を達成する秘訣は?

と、妻夫木聡さんに聞かれた黒田投手はこう答えます。

A. 目標設定を低くする。それをクリアする。またすぐ次の目標を立てる。 

長年一線で投げてきた黒田投手に言われると妙に説得力があります。

このCMを見たとき、すごく腑に落ちたこと、すごく印象に残っています。

当たり前のことを言われてもなかなか届かないものですが、実践している人に言われると素直に聞ける・・というか。

でも、この考え方って、すごく理にかなっていると思います。

すぐに達成できない目標を設定しても

できればいいのですが、できなかった場合「できなかった・・」という失意が大きい。

そもそも、そんなに高い目標設定ってすぐには届かないものです。

まず、一行書いてみる。明日は二行・・。

まず、誰かに営業のTELをしてみる。明日はもう一人。

まず、戯曲を読んでみる。明日は、声に出してみる。

まず、誰かに笑顔で応える。明日は笑ってみる。

できることから始める・・なんて当たり前すぎるようで

できることすらしない・・のがいつしか当たり前になってしまっている。

うまくいってるときに、いろんなことが好転するのは当たり前です。

そうでない時に、どう耐えるか。どう打開するか。

正解はないのでしょうけど、黒田投手の言う「目標を低くする。クリアできたら、また次・・」って

なんだか自分でもできそうな気がします。

さしあたって僕は・・なんだろう?

誰かに会いにいくためのアポを取る、でしょうか(笑)。

案外、出不精なんです。

コントロールできること、できないことを分ける

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY の村本大志です。

今日は冬晴れの土曜日ですね。
そろそろ花粉が飛び始めたので朝起きると目が重くて辛いです。

まずはアイボンで目を洗うのが顔を洗う前にすることです。
アイボンはフィット感等、毎年小さなリニューアルをするのがすごいですね。

今朝の朝日新聞のスポーツ欄で、楽しみにしていた連載コラムが終了しました。
西村欣也氏の<EYE>です。

最終回で彼が以前書いたものを再収録していました。

多分ですが、とても印象に残った取材なのだと思います。

僕も改めてその記事を読み、頷いておりました。

イチロー選手と松井秀喜選手の当時のインタビューからの抜粋です。

Q. 首位打者を争っているイチロー選手にライバル打者のその日の成績を伝えた時。

Q. ヤンキース一年目、成績の上がらない松井選手に、NYのメディアが厳しい対応をしていた時。

そのことを気にならないか?と西村記者は聞くのです。

二人はそれぞれ

A. 『愚問ですね。彼の打率は僕にはコントロールできませんから(イチロー選手)』

A. 『気にならないですよ。だって彼らの書くものは僕にコントロールできないもの(松井選手)』

と、それぞれ答えたのです。

西村記者はその答えにいたく感じ入ります。

自分にコントロールできることとできないことを分ける。

コントロールできないことに関心を持たない。

これは日常生活にも取り入れることができる考え方だと思った、と西村記者は書きます。

ほんと、そうだよなぁ・・と僕も改めて感じ入ります。

多くの人は自分がコントロールできない他者や物事に振り回され、悩みます。

僕もそうです。

そして、何とかコントロールできないか、にエネルギーと時間を割き消耗していきます。

他者に振り回されること程、不毛なことはなく

そしてその不毛さこそがトラブルの種でもあります。

しかし、じっとしていてもトラブルは向こうからなぜかやってくるから始末が悪い。

対処しつつも巻き込まれず。

どこか距離を置き、自分にコントロールできないことを気にしても仕方ないものな・・などと考えられ

ると少し楽になるかもしれません。

問題は我々がイチロー選手でも松井選手でもないことですが

それでも、そのメンタルコントロールをモチーフとしてご自身の生活に生かすことだけは可能じゃない

でしょうか。

最後に、西村欣也さん、素敵なコラムいままでありがとうございました。