『マイ・インターン』が教えてくれること

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

今日は寒の戻りですね。
やたら寒いです。

そんな日にぴったりの心がほっこりする映画のお話。

アン・ハザウェイとロバート・デ・ニーロの主演する『マイ・インターン』は口当たりのいい映画を装いながら
なかなか含蓄に満ちた映画になっています。同じ題材でマイク・リーが脚本を書いて撮ったら、どんよりする話になりそうな内容ですが
そこは『恋愛適齢期』などを撮ったナンシー・マイヤーズ監督。人生の苦さも描きながらも、ふとした余韻が残る仕上がりは見事です。

この映画に出てくる登場人物は、ほぼ全員なにかしらささやかな問題を抱えています。
それが少しづつデ・ニーロ扮する70歳の新人インターンとの関わりの連鎖でいい方向へ流れが変わっていくのですが・・・。

まぁ、それが微笑ましく見事な脚本とキャストの演技で命が吹き込まれていくのです。
散りばめられた登場人物たちのささやかな苦悩はそのまま私たちの苦悩であり、それが滑稽で愛おしく見えるのは
作り手の人生観が反映されているからなのかもしれません。

つまり、端から見ればささやかな悩みであっても当の本人にしてみると深刻な問題であるという視点です。
ですので、その問題に向き合えば向き合うほど映画はコメディ・ライクになっていくのです。
悲劇的で喜劇的な日々の暮らし、その集積が人生だと『マイ・インターン』が伝えてくれます。

僕の一番好きなシーンは真ん中後半あたりに女社長と70歳のインターン氏が残業中に少し心を割って話すところです。
後々考えるととても深みがある会話になっています。

『タクシードライバー』や『ディア・ハンター』等で1970年代の病めるアメリカの姿を体現していたデ・ニーロが、いまこうして飄々とW主演をこなしている様も隔世の感があり味わい深いです。

口当たりのいい映画なのに
よくよく考えると現代の様々な問題を提示して
そしてこの映画内で私の登場人物たちはこう生きています、とささやかな解決を見せる。
その手腕はまさに2015年的な映画手法なのかもしれません。

週末の夜など、いい時間が過ごせると思います。

春の風が冷たいということ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

気がつくと3月の下旬に入りました。
なんだか早いものです。

春は三寒四温といいますように
天候がころころ変わります。

今日も風が冷たかった。

渋谷のマークシティの裏通り辺りは昔ながらの渋谷がまだ感じられます。
246に斜めに抜ける通り沿いに渋谷古書センターという本屋ビルがあり、二階にFlying Booksというセレクトがユニークな古書店があります。そこで数冊面白そうな本をみつけました。

『魂にメスはいらない』著・河合隼雄+谷川俊太郎
『人生ドラマの自己分析』著・杉田峰康
『カウンセラーの<こころ>』著・佐治守夫

河合先生のこの本は文庫で持っているのですが、単行本は扉絵の曼荼羅が奇麗だったのでつい購入。
他の2冊は立ち読みするにはもったいない内容だったのでので購入。

1979 1974 1996 。

今回手に入れたそれぞれの本が出版された年号です。

書かれている内容は、今の時代でもそのまま生かせるどころか
当時より、余程必要とされるものばかり。

著者の方々の慧眼には改めて驚かされます。

渋谷の街を少し歩きました。

薄曇りのような空。

冷たい風。

道玄坂を上りながら昼飯難民になり

何を食べるか決められないまま、路地をうろうろしていました。

この辺りは10代の頃から歩き慣れたエリアなのに時々知らない街を歩いているような錯覚があります。

記憶と実際が違うからですが、それでも時おり知った店が見つかります。

そうだ、ムルギーカリーにしようと思い、店に向かいますと

以前と変わらない佇まいです。

重い扉の奥は多くの若い人で賑わっていました。

もう僕の知っている店のおじいさんもおばあさんもいません。

代わりに女性がふたりできびきびと切り盛りしていました。

賑わった店内を見ているとタイムスリップしたみたいです。

今は1979年だろうか・・。いや、もっと前の時代か。

カレーで暖まった身体に春の冷たい風は気持ちよかったのです。

コートのボタンを外して歩いてみました。

自己の内面を語るということは

まるで春の冷たい風のようなものだ、とたまに思います。

相反するというのでしょうか。

3月は寒い日が多いです。

閉ざした心や葛藤を抱えている内面は、春の日差しと裏腹です。

ゆっくり春を待ちましょう。

ゆっくりやりましょう。

そうお伝えしたくなる春の風でした。

春の旅人

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

ここ数日、晴れているのに空気は冷たく、真冬のそれほどではないものの
まだまだコートは脱げません。

先日、アメリカのバークレー在住の素敵な大先輩とお会いする機会がありました。

彼女は40年ほど前に吉祥寺にあったカウンターカルチャーを発信していた伝説のTというお店を畳みアメリカに渡ったそうです。そのころのお話も大変刺激的でした。しかし、アメリカに渡ってからの交流関係がまたすごくて、A.ギンズバーグやG.スナイダーや・・もう伝説クラスの詩人たちとの交遊や暮らしぶりをお伺いできました。

時代、でしょうか。

新宿の靖国通り沿いにあるNEW DUGで珈琲を飲みながら、初めてお会いしたにもかかわらず色んなことをお話ししました。

彼女のアメリカでの活動のひとつに<物事をオープンにダイアローグにする・・>というものがあるそうです。
通常のエンカウンター・グループのように抱えている問題が共通するメンバーが自己の体験や抱えている問題を話し合う、というものとは少し違うようです。

そこで語られることは何でもいいそうで、何か心に抱えていることを自由に話し合える場を設定しているそうです。相手の意見を否定したり、ディベートしたり、巻き込もうとするのではなく、安全な環境で自分の意見を述べ、グループで話し合うそうです。

なるほど。

それは楽しそうです。

漠然としていることでも、言葉にすることはとてもいいですよね。

考えるきっかけにもなります。

<私の問題>は<誰かの問題>かもしれません。

<誰かの問題>は<私の問題>かもしれません。

彼女が言っていたことで印象的だったのは『昔のひとは難しい問題を難しくいうのが好きだった』というひとこと。

思わず微笑んでしまいました。

いくつかの本を読んでみないかと言うのではなく、さりげなく話題にしてくださいました。
今は便利です。その場で検索してiPhoneで買えてしまいます。
忘れないうちに何冊もクリックしました。

その中でもユニークだったのは鳩椋十さんの『山窩調』という小説です。

その本はなかなか探すのが難しかったので家に戻って検索し『山窩調』の中の短編が収められているアンソロジーをまず手に入れたのですが、かつて山間に暮らす民のことを綴った短編集には今の我々が遠くに忘れてきた物語がいくつも読むことができます。

さて、その方と今度いつお目にかかれるか、それはわかりません。

それでも、今回の出会いはいくつものヒントを頂くことができたし
いずれ僕がバークレーに訪ねていってもいいのだしな、と新宿駅で別れた彼女の小さな後ろ姿を時おり思い出しています。

トラウマあるいは強烈な記憶は20年経っても昨日のことのように蘇る・・

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

3月に入ってようやく暖かくなったと思っていたら、昨日今日とすっかり寒くなりました。

今日は3.11です。
東日本大震災で被害に遭われた方々に追悼の意を捧げるとともに、被災地で不自由な生活をされている多くの方々に想いを馳せたいと思います。

先日、山手線の某駅の改札口を出たあたりで、知人にばったり会いました。
その昔、とあるハードな仕事(広告)を共に作ったひとです。

立場も会社も違っていたのですが、同じ激しい渦に巻き込まれていました。
せっかくなので珈琲を飲もうということになり近くのカフェへ。

当時のことにまつわる思い出話をしていたのですが20年も前なのにまるで、少し前の出来事のように思いました。

あれから20年も経っているのに・・。

それって、実に不思議な感覚だし、記憶というのは多々自分の都合で塗り替えられているのだなと思うこともありました。

ひとの記憶というのは、その体験が強烈であればあるほど
何かしらが脳内のどこかに刻まれ
何かきっかけがあれば
ふとした拍子に蘇るのだなぁと帰りの電車の中で考えていました。

そのひとと話している間、時おり目頭が熱くすらなっていたのです。
それくらい、自分にとってその記憶は鮮明で辛くきついものだったのです。

忘れたつもりでも
ほんとうは忘れていないこと
結構あります。

今日はとても寒いようです。
暖かくしてお過ごしください。

グッド・ウイル・ハンティング

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

もうすぐ春が来る・・のでしょうか。

今日は暖かく過ごしやすいですね。

映画『グッド・ウイル・ハンティング』は、 春 を感じる作品です。
観たことがある方もとても多いと思います。

この映画の製作当時から考えると、次作のバットマンをベン・アフレックが演るというのもなんかすごいキャスティングですが90年代から活躍しているのでアメリカ人にとっては自然なのかもしれないですね。

その若きベン・アフレックとマット・デイモンの幼馴染二人で脚本を書いたものが、この作品『 グッド・ウイル・ハンティング 』です。

ベン・アフレックも主人公の地元の不良友だちとして味のある役で出演しています。

幼少期の激しいトラウマから心を閉ざしている不良めいた数学の天才少年が(設定年齢21歳)妻を失くした失意の中年心理学者と心を通わせ、新しい人生の一歩を踏み出す・・。
と書いてしまうとシンプルですが、この映画も語り尽くせない魅力がいくつもあります。

中でもロビン・ウイリアムスの奥深い演技にはやはり心を奪われます。

目がいいんですよね。

思慮深く

悲しみをたたえ

慈悲深い

そんな瞳です。

若きマット・デイモンの真っすぐな芝居を横綱相撲でがっちり受け止めているんです。

あんな風に受けられたら若い役者は嬉しいだろうなぁ・・(しかも今回は自分で書いた脚本ですから)

演技とは、かくも人間力が反映されてしまうとすると、実に奥深いものです。

ガス・ウ”ァン・サントは音楽の使い方がとてもうまい監督です。

ある意味、この作品は正当派な映画なのですが、映画音楽がインディーズ映画的な匂いを醸し出すものですからハリウッド・メジャー的な感じがあまりしない。

どこかサブカルチャーな雰囲気を残してくれていて嬉しい。

キャストのバランス感も見事です。

ヒロインのミニー・ドライウ”ァーも2000年代のハリウッド映画のヒロインとはひと味違うクセのある顔立ちです。
彼女の演技も愛する男の心をなんとか開こうとするところなんか、とてもぐっとくるものがあります。

カウンセリング・シーンは、リアリティより物語を進行させることを選んだのでしょうが、ロビン・ウイリアムス演じる心理学者は、頑なに<人生の選択をするのは本人であり、私は彼が話すのを待つだけだ・・>との姿勢を崩さないあたりは本道から外していませんし、それがそのままこの映画の主旋律でもあります。

アメリカ映画の中に心理学者やカウンセラーが登場すると、ほぼ彼らも問題を抱えていたり影を引きずっていることが多いです。その辺りは映画的な仕掛けの意味合いもあるでしょうけど、彼らが決して聖人ではなく市井の人々であることを示唆しています。

映画『グッド・ウイル・ハンティング』のもつ魅力的なシーンはいくつもありますが、やはり主人公と心理学者の心が本当に触れあう瞬間の素晴らしさに他ならないでしょう。
そのシーンでの二人の斜に構えない演技は、まっすぐに人の心を打つものがあります。

< 演ずる技術 >が同時に備わったこの映画のピークです。

多分、90年代の終わりのアメリカ映画って、こういうものがこういう風に描かれる最後かも知れません。
2000年代に入ると、もっと設定が複雑でダークで、デジタルを絡めた物語が多くなっていきます。

携帯も登場せず(雨の中、公衆電話彼女に電話する!)Macらしきものはありますが、あくまで背景の小道具の範囲内で、使用すらされないのです。
あくまで登場人物たちはアナログに関わり合い、不器用にもがきます。

デジタルの普及は我々の生活を便利にしてくれました。
映画もはるかにデジタル技術力があがり表現の幅も広がりました。

それでも、心を本当に打つものは生身の俳優が(人間が)
登場人物になりきった瞬間なのだとこの映画を見直してみて改めて思った次第です。
カメラワークはあくまでシンプルで、ナチュラル。物語を進行するためだけに尽力を捧げています。
とても美しい撮影です。

ちなみに、この映画の原題は『GOOD WILL HUNTING』で邦題と同じです。
主人公の名前も WILL HUNTING というのですが、直訳したり意訳してみたりすると
なかなか含蓄がありますよね。

英語って、こういう韻を踏むと詩的です。

目標設定は低く設定する ?

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

近所の公園の梅祭りが終盤を迎えています。

休日は人出も多いのですが、普段はもうのんびりしたものです。

2016も2ヶ月が過ぎ、3月になりました。今年はどんな年にしよう・・なんて目標もそろそろひとつくらいは達成したいですね。

サッポロビール・黒ラベルのシリーズCM「大人エレベーター」の広島・黒田博樹投手のver.はいくつも含蓄あるトークが描かれていますが、その中にとても好きなタイプがあります。

Q. 目標を達成する秘訣は?

と、妻夫木聡さんに聞かれた黒田投手はこう答えます。

A. 目標設定を低くする。それをクリアする。またすぐ次の目標を立てる。 

長年一線で投げてきた黒田投手に言われると妙に説得力があります。

このCMを見たとき、すごく腑に落ちたこと、すごく印象に残っています。

当たり前のことを言われてもなかなか届かないものですが、実践している人に言われると素直に聞ける・・というか。

でも、この考え方って、すごく理にかなっていると思います。

すぐに達成できない目標を設定しても

できればいいのですが、できなかった場合「できなかった・・」という失意が大きい。

そもそも、そんなに高い目標設定ってすぐには届かないものです。

まず、一行書いてみる。明日は二行・・。

まず、誰かに営業のTELをしてみる。明日はもう一人。

まず、戯曲を読んでみる。明日は、声に出してみる。

まず、誰かに笑顔で応える。明日は笑ってみる。

できることから始める・・なんて当たり前すぎるようで

できることすらしない・・のがいつしか当たり前になってしまっている。

うまくいってるときに、いろんなことが好転するのは当たり前です。

そうでない時に、どう耐えるか。どう打開するか。

正解はないのでしょうけど、黒田投手の言う「目標を低くする。クリアできたら、また次・・」って

なんだか自分でもできそうな気がします。

さしあたって僕は・・なんだろう?

誰かに会いにいくためのアポを取る、でしょうか(笑)。

案外、出不精なんです。

コントロールできること、できないことを分ける

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY の村本大志です。

今日は冬晴れの土曜日ですね。
そろそろ花粉が飛び始めたので朝起きると目が重くて辛いです。

まずはアイボンで目を洗うのが顔を洗う前にすることです。
アイボンはフィット感等、毎年小さなリニューアルをするのがすごいですね。

今朝の朝日新聞のスポーツ欄で、楽しみにしていた連載コラムが終了しました。
西村欣也氏の<EYE>です。

最終回で彼が以前書いたものを再収録していました。

多分ですが、とても印象に残った取材なのだと思います。

僕も改めてその記事を読み、頷いておりました。

イチロー選手と松井秀喜選手の当時のインタビューからの抜粋です。

Q. 首位打者を争っているイチロー選手にライバル打者のその日の成績を伝えた時。

Q. ヤンキース一年目、成績の上がらない松井選手に、NYのメディアが厳しい対応をしていた時。

そのことを気にならないか?と西村記者は聞くのです。

二人はそれぞれ

A. 『愚問ですね。彼の打率は僕にはコントロールできませんから(イチロー選手)』

A. 『気にならないですよ。だって彼らの書くものは僕にコントロールできないもの(松井選手)』

と、それぞれ答えたのです。

西村記者はその答えにいたく感じ入ります。

自分にコントロールできることとできないことを分ける。

コントロールできないことに関心を持たない。

これは日常生活にも取り入れることができる考え方だと思った、と西村記者は書きます。

ほんと、そうだよなぁ・・と僕も改めて感じ入ります。

多くの人は自分がコントロールできない他者や物事に振り回され、悩みます。

僕もそうです。

そして、何とかコントロールできないか、にエネルギーと時間を割き消耗していきます。

他者に振り回されること程、不毛なことはなく

そしてその不毛さこそがトラブルの種でもあります。

しかし、じっとしていてもトラブルは向こうからなぜかやってくるから始末が悪い。

対処しつつも巻き込まれず。

どこか距離を置き、自分にコントロールできないことを気にしても仕方ないものな・・などと考えられ

ると少し楽になるかもしれません。

問題は我々がイチロー選手でも松井選手でもないことですが

それでも、そのメンタルコントロールをモチーフとしてご自身の生活に生かすことだけは可能じゃない

でしょうか。

最後に、西村欣也さん、素敵なコラムいままでありがとうございました。

ジミーとジョルジュ

こんにちは。
心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本大志です。

二月下旬になってますます寒い日が続きますね。
休日には暖かい部屋でDVDなどゆっくり見るのもいいかと思います。

欧米の文学や映画には心理学やカウンセリングを扱った作品が多くあります。
それだけ身近な存在なのかもしれません。
 
そんな作品の中から僕が感じ入ることがあって、こういう内容に興味がある方に見てもらいたいな・・と思う作品について時々書いていこうと思います。

映画や演劇などのワンシーンや小説の中のひと言のセリフが、数多くの言葉を重ねるより自分が抱えていることを洗い流してくれることは多々ありますし、またそのことについて考えることや話すことでパズルが解けていくこともあります。

2013年のフランス映画『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』は、英語の作品です。
「キングス&クイーン」のアルノー・デプレシャン監督がベニチオ・デル・トロとマチュー・アマルリックという名優を迎えて作り上げた心に染みる地味な作品です。

この映画の中でデル・トロは原因不明の障がいを抱える第二次世界大戦の帰還兵のネイティブ・アメリカンをアマルリックはアメリカに住むフランス人分析医をそれぞれ演じます。

1948年が舞台の映画なのですが、アメリカが帰還兵の精神的ケアを専門とする病院を当時から運営(軍が)しているのが驚きです。

そこに入院するもなかなか症状が改善しないので、人類学者でもあるジョルジュがNYから急遽呼ばれて担当医になるのですが、分析医としての実績は乏しいジョルジュが全力を傾けてジミーの治療に当たる日々を描いています。

といっても外科的な治療をするわけでもないですから、映画のほとんどは二人の会話(=カウンセリング)シーンになるわけです。

このあたりが僕が地味な作品という所以です。

映画的なダイナミズムは全て人の心の中にあり、そこだけを丹念に描きます。
ジミーの戦争の傷跡を癒すプロセスが物語であり、戦闘シーンはほぼなく、それでいて戦争映画でもあります。やがて心の傷が戦争だけではないことに二人は辿り着きます。

少しづつ距離が縮まりながら、信頼関係を深めていく二人の淡々とした演技には唸らせるものがあり、ぐいぐい引き込まれていくのです。

信頼関係(ラポール)なしに治療なし、といいますか、そのあたりの丁寧な描き方はさすがなのです。

この作品が見る人に深い癒しをギフトとしてくれるのにはわけがあります。

それは、人は自分の傷を(ひとりでいいから)他者に理解されることを心の奥底で願っている、という真理を丁寧に描き出しているからです。

そして何より患者と治療者という関係性が、あくまで人と人として対等な関係が土台になっているからこそ生まれるお互いの深い共感と理解が二人の演技を通してひしひしと伝わってくるのです。

未見の方もいらっしゃるでしょうから、細かいストーリーは控えますが(控えながら書くって難しいですけど・・)この映画を下支えしているのは、まずA.デプレシャン監督の人間を信頼する眼差しであり、そして第二次大戦帰還兵、ネイティブ・インディアンという出自、在米フランス人の人類学者という異邦人、精神分析、カウンセリング・・という道具仕立てを二人の名優の魂のこもった演技力なのです。

人と人は時間をかけた深い対話を通して、必ず分かり合える。
そのプロセスを描くということが映画的なのだと、そう信じさせてくれる映画でした。

ごあいさつ。

はじめまして。

心理相談室 LAUNDRY カウンセラーの村本 大志です。

このたびHPを新設しました。

併せてブログも始めていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します。

LAUNDRYは、あなたの心の中にたまったモヤモヤとした感情を言葉にしながら、少しづつ整理していく場所です。

心を洗濯して、すっきりできるように・・という願いを込めてLAUNDRY(ランドリィー)と名付けました。

ところで、カウンセリング・・って何をするんだろう?

なんか敷居が高い・・と最初は思われるかもしれません。

どんなことをお話されてもいいんですよ、と言われても何を話したいのかわからない・・そう思う方もいらっしゃると思います。

でも、あなたのどこかに「何かを話してみたい」「悩みを相談したい」お気持ちがあるのだから、このブログにも訪れて下さっているのだと思います。

いま話したいことをそのまま。

とりとめなくてもいい。

アトランダムでいい。

頭の中に浮かんだことやお悩みをただ吐き出すだけでいいのです。

もつれた感情や煮詰まった感情、うつうつとしたお気持ちをまず言葉にして吐き出すことからカウンセリングは始まります。

辛いお気持ちをどうぞお聴かせください。

 

どうしても言葉にしてうまく伝えられない方は、絵・粘土・音読・・どんな方法でも構いません。

あなたにとって最良の伝え方を一緒に探していきましょう。

どうか、おひとりで抱え込まないでください。

最初は言葉にするのが、むつかしいかも知れません。

緊張してうまく話せないかもしれません。

でも、それで十分です。

お気持ちは十分伝わってきますから。

ゆっくりお茶を飲みながら一緒にお話して整理していきましょう。

のどに引っかかった小さなトゲがあるから何かを吞み込むのが難しい・・そのトゲを見つけて、そおっと取り除いていくイメージ。

そのトゲがすぐに見つかるときもあるし、なかなか見つからないこともあります。

そもそもトゲが引っかかっている自覚すらがないこともあります。

あなたの心のトゲが見つかって、すーっと抜けますよう、お手伝いさせていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

2016 2月吉日

LAUNDRY 村本 大志